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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7375号 判決

原告

伊藤治男

代理人

島田正雄

外一名

被告

株式会社寿電友社

代理人

吉沢貞男

主文

(一)  原告が被告会社の従業員であることを確認する。

(二)  被告会社は、原告に対し、金七一九、三九二円を即時に、金二、八二五円を昭和四五年三月三一日限り、各支払え。

(三)  原告のその余の請求を棄却する。

(四)  訴訟費用は、被告会社の負担とする。

(五)  この判決は、第(二)項に限り、仮りに執行することができる。

申立〈省略〉

主張〈省略〉

証拠〈省略〉

判断

原告が被告会社の従業員であつたところ、昭和四三年一月二九日解雇処分を受けたことは、当事者間に争いがない。

そこで、解雇の効力について検討する。

〈証拠〉を総合すると、

原告は昭和四二年当時被告会社の独身寮である国立寮に入居して生活をしていたが、同寮には、被告会社の若い従業員が約一二名入寮して、四畳半と六畳の二間続きの部屋に五人あての寮生が同居しており、その平均年令は十八、九才であつたが、原告は、その中で一番の年長者であつて、仕事の関係でも先輩にあたり、昭和四一年には、国立寮の寮長をしたこともあつた。

被告会社では、独身寮について管理規定を制定し(昭和四二年七月一部改正)国立寮では、その規定を印刷した冊子が、食堂の電話器の傍に常時備え付けられており、寮生は自由にこれを閲覧することができるものであり、その管理規定には、「第十五条 寮生の外出時間は午後一〇時迄とする。ただし、外出及び外泊する場合は、所定の外出簿及び外泊簿に記入し、予め管理者(不在の場合は寮長)に届け出るものとし、緊急の連絡に備えなければならない。第三六条 寮生は次に該当する場合には、七日以内に退寮しなければならない。3、この規定に違反し、若しくは寮の風紀秩序を乱す等共同生活に不適当と認められたとき」と定められていたが、外出時間については、夜学に通つている寮生がいた関係上、国立寮では寮生の話し合いによつて門限を午後十時半までと延長されていた。

寮には、会社で任命した管理者が置かれ、これが寮の管理を担当することとなつており、昭和四二年当時の国立寮の管理者は、平岩永次郎であり、寮長には、原告の後輩にあたる高橋進がなつていた。

原告は、昭和四二年の春頃から外出しても門限に遅れることが多くなつて来たので、平岩管理人は、同年七月頃から原告の帰寮時間のメモを取るようになつたが、平岩管理人の確認した場合だけでも門限に遅れることが非常に多く、他の者と比較して著しく高く、又、他の者は外出簿に記載して外出しているのに、原告は全く外出簿の記載をせずに外出したりしていたので、平岩管理人の方から何回となく原告に注意を与えたけれども、一向に改まらず、同室者や賄の人から苦情が出るような状態であつた。

原告には、昭和四三年一月五日無断外泊の事実があり(原告は、電話で連絡したというけれども、誰が電話を受けたかも判然しない。)、同月七日には午後十二時三〇分頃帰寮するという事実が重なつたので、平岩管理人は、同月八日、原告に対して、「今後門限に遅れたり、無断外泊したりいたしません。」という趣旨の始末書を提出するよう要求したところ、原告は、寮の管理規定は守る必要はないし、始末書を提出する理由もないと云つてこれを拒絶した。

その後、平岩管理人は、原告に対してさらに二、三回始末書を提出するよう要求したが、同じように拒絶されたので、社長に対して原告の退寮方を上申した結果、被告会社は、同月一六日原告に対して退寮処分になつた旨を告知すると共に、同月二三日までに寮を出るように要求したところ、原告は、立退きの理由がないと主張してこれを拒絶していた。

同月二七日被告会社の深川工場で退職して行く人の送別会が開かれたことがあり、国立寮の寮生は殆んどいなかつたが、原告は、深川工場に勤務している関係でこれに出席しており、その席上、発言を求め、「会社が自分を退寮処分にしたのは一方的で納得がゆかない。自分にとつては死活問題であり、断じて許せない。」と主張して被告会社は不当性があると攻撃するに至つた。

被告会社は、原告が退寮処分にも従わず、自分の非を棚にあげて会社を非難するような言動をしたことは、若年者の多い他の従業員にとつて良くない影響を与えるおそれがあるとして、同月二九日原告に対して解雇の意思表示をするに至つたものである。

と認められ、〈証拠判断省略〉

右認定の事実関係からすれば、国立寮で前に寮長をしたこともあり、一番年長者で仕事の関係でも先輩である原告が、寮の管理規定に違反し、屡々門限に遅れ、無断外泊等の事実があつたこと等に徴すれば、同室者に対して相当述惑をかけると共に、若い寮生に対して悪影響を与えるであろうことは容易に理解できるところであるから、被告会社の原告に対する退寮処分は正に正当なものであるといわなければならない。そうすると、原告がその退寮処分に従わず、送別会の席上場所柄もわきまえず、自分の非を棚にあげて会社側の処置を非難したことは、洵に当を得たものではなかつたというべきであろう。

しかしながら、使用者がその被用者を解雇する場合には、一般人を納得させる足る合理的理由の存在を必要とすると解すべきところ、独身寮における管理規定違反と退寮処分の発令並びに退寮拒否と退寮処分の執行は、原則として寮の管理運営の範囲内に止めるべきものであつて、退寮拒否が単に消極的なものに止まる限り、これを業務命令違反に類するものと把握して解雇その他の事由とすることは許されないと解するのを相当とするから、原告が退寮を拒否したからと云つて法的手続その他によつて退寮処分の執行をすれば十分であり、それ以上に被告会社が解雇の事由としてこれを取り上げたことは失当であるといわなければならない。なる程、原告は、一月二七日の送別会の席上、被告会社の退寮処分を非難する発言を行つたものであり、その非難が当を得たものではなかつたことは、前判示のとおりであり、そのような積極的な言動は、最早や寮の管理運営の範囲外に出たものというべきであり、これをもつて解雇等の一事由とすることは許されるべきであるけれども、その原告の会社非難の言動その他の状況からして、この程度をもつてしては、未だ解雇を正当とすべき合理的な事由に該当するとは、到底認めることが出来ず、他にこれと云う解雇事由の存在しない本件においては、解雇の意思表示は結局その効力を生じなかつたと見るのが相当である。

とすると、原告は、今なお被告会社の従業員としての身分を保有しているものというべきであり、原告の雇用関係の存在の確認を求める部分は正当として認容すべきである。原告が被告会社の従業員であるとすれば、被告会社は、原告の労務提供を拒否していたことに外ならないから、原告は、被告会社に対して賃金請求権を有することが明らかであり、その賃金は、本件口頭弁論終結の昭和四五年二月二三日現在金七二二、二一七円が発生し、その内金七一九、三九二円は既に支払期が到達し、残金二、八二五円(昭和四五年一月二一日から同月二三日までの三日分)は、同年三月三一日に支払期の到達することが認められる(賃金は、毎月二〇日締切の月末払いであることは当事者間に争いがないから)ので、右金七二二、二一七円の支払を求める部分は正当である。

なお、原告は、昭和四五年二月二四日以降の将来発生することあるべき賃金の支払を求めているけれども、その終期は無限であつてその請求金額自体不確定であるのみならず、将来欠勤、退職、死亡等の事情が発生した場合にも、一応は有効な債務名義が存在する形となつて不当なものというべきであると共に、訴額ないし訴状に貼付すべき印紙額も未確定のまま放置される不都合がある。その上、地位確認訴訟の本案勝訴の判決が確定した場合、その既判力を受ける使用者が、これに従つて将来の賃金を支払うであろうことは通例のことであつて、その支払をしないという事例は稀有のことに属すると解されるところ、本件においても、本判決の確定によつて、被告会社が原告の将来の賃金を任意に支払う可能性のあることも容易に推測できるのみならず、若し、任意に支払をしない場合等においても、賃金仮払の仮処分等によつて充分原告の利益を保護する方法は残されているものである以上、必ずしも、本件において将来の請求をなすべき利益の存することを首肯するに足りる資料は存しないから、この点に関する原告の請求は理由がないものというべきであり、失当たるを免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。(吉永順作)

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